「英語を話せるようになりたい」が本気になった日

CASE
実績

  • 参加者事例
  • メルボルン大学卒業、吉井伶衣さん

「英語を話せるようになりたい」が本気になった日

INTRODUCTION記事紹介

中学生の頃、国際色のある学校に進学したことをきっかけに、少しずつ海外への関心を深めていった吉井伶衣さん。そんな彼女の背中を大きく押したのが、タクトピアのイングリッシュキャンプ「Lingua Franca! イングリッシュキャンプ」と、その後に参加した英語探究プログラム「リンガハッカーズ」でした。魅力的な海外大学生との出会い、英語で学び英語で発信する経験、そして仲間と切磋琢磨した日々。それらの積み重ねが、海外大学進学という選択へとつながっていきます。

その後、オーストラリアのメルボルン大学で学び、多様な価値観に触れながら18カ国を訪問。世界を見たからこそ、あらためて「日本でできること」に目を向けるようになったと言います。今回は、吉井さんがどのようにして世界へ踏み出し、そして今どんな未来を描いているのか、その原体験を伺いました。

PROGRAMS
プログラム

Lingua Franca! イングリッシュキャンプ

本プログラムは、英語を「勉強する対象」としてではなく、「使いながら学ぶ道具」として扱う宿泊型の探究英語学習プログラムです。参加者は海外大学生や多様なバックグラウンドを持つメンターとチームを組み、社会課題や先端技術などをテーマに、英語で情報を集め、議論し、プレゼンテーションを行います。単語や文法を詰め込むのではなく、自分の興味関心を広げながら、実践の中で英語力と表現力を伸ばしていくことを目指します。また、普段の生活では出会えないロールモデルとの対話を通して、「もっと世界を見てみたい」「自分も挑戦してみたい」という意欲を引き出すことも、このプログラムの大きな特徴です。

LinguaHackers(リンガハッカーズ)放課後インターナショナル

世界最大教育系出版社ピアソンが選んだアジアNo.1英語教師嶋津幸樹監修の特別プログラムです。英語4技能だけでなく、世界に羽ばたくために必要なグローカル3技能を鍛えられます。

本日はよろしくお願いします!まずは簡単に自己紹介をお願いします。

吉井伶衣です。北海道大学に1年通った後に、昨年12月にオーストラリアのメルボルン大学を卒業して、1月に日本に帰国しました。この春から社会人になります。大学時代はオーストラリアを拠点にしながら、これまで18カ国を旅しました。


18カ国はすごいですね。吉井さんが最初に海外に興味を持ったきっかけはなんだったんでしょうか?

きっかけは中学受験ですね。受験校を選ぶときにいろんな学校を見たんですが、中高一貫の東京学芸大学附属国際中等教育学校を知って、「国際色が強くておもしろそうだな」と、なんとなく惹かれたんです。受験生の半数くらいが帰国子女という学校でした。当時はまだ珍しかった国際バカロレアも導入していて、それも良いなと思った理由のひとつです。

実際、そこに入学して英語をしゃべれる同級生を見て、「私も海外に行ってみたいな」と思い始めました。


当時から海外大学進学まで見据えていたんですか?

最初から明確だったわけではないですが、その学校が国際バカロレアを導入していたこともあって、自然と海外への視野が広がっていきました。中学1年生からバカロレアに触れる中で、「探究しながら学ぶ」授業スタイルそのものに惹かれていったんです。


先生が一方的に教えるのではなく、自分で問いを立てて考え、議論して、発表する。そういう授業がとてもおもしろくて、「高校2年からディプロマコースに進んで、その先は海外大学に行くのかな」と、早い段階からぼんやり思い描くようになっていました。


「英語話せるようになりたいな」「海外行ってみたいな」くらいの興味から、実際に勉強をがんばって、海外に飛び出すのはかなり勇気や決断がいる気がします。そこまでモチベーションが続いた理由はなんだったんですか?

学校に入ったことだけでも大きかったんですが、それだけでは今の自分にはなっていなかったと思います。さらに大きなきっかけになったのが、中学2年生のときに参加した、タクトピアのLingua Franca! イングリッシュキャンプでした。そこで私とペアになってくれた海外の大学生がすごく魅力的な人だったんです。

イギリスの大学に通っているザンビア人の男性だったのですが、経歴も生き方も、普段の日常では絶対に出会えないような人でした。ただ英語が話せるとか、海外にいるとかいう話ではなくて、その人の人としての魅力がものすごかったんです。こんな人になりたい、こんな人に出会える場所に行きたい、と。そこで初めて「英語を本気でやろう」「海外に行こう」という強い気持ちになりました。


まさに越境体験ですね。その後リンガーハッカーズにも継続して参加してくれていましたが、学校の英語授業とは、どんな違いがありましたか?

学校の英語の授業も国際バカロレアでとても楽しかったんですが、タクトピアの授業やキャンプでは、海外大学生に直接会えて、リアルな刺激を受けられるのが大きかったです。やっぱり「実際にそういう人がいる」と感じられると、英語がただの勉強ではなくて、コミュニケーションの手段という意識になるんですよね。

あと、学び方もいわゆる詰め込み型ではありませんでした。毎回テーマがあって、そのテーマについて英語の動画を見たり教材を読んだりする中で、自然と語彙を増やしていく。最後には自分で英語のプレゼンをする機会もあったので、学んだことを使って表現する流れができていました。


そこから北海道大学に進学し、その後オーストラリアのメルボルン大学へ渡っています。この進路はどう考えたんですか?

IBディプロマを取って、高校時代は海外大学と日本の大学を並行して受験していました。ただ、ちょうどコロナ禍が始まってしまって、大学入学のタイミングで海外に行ってもオンライン授業になる状況だったんです。それならまず日本の大学に行ってみようと思い、北海道大学に進学しました。


一方で、海外大学への気持ち自体は持ち続けていました。オーストラリアの大学は入学時期を遅らせることもできましたし、3年制なので、日本の大学で1年過ごしてから移っても4年で卒業できるという仕組みもありました。だから、北大で1年学んでからメルボルン大学へ、というルートを選びました。


海外大学は、どうやって選んだんですか?

私はアメリカ、オーストラリア、日本を候補にしていました。もともとはアメリカのリベラルアーツ教育に惹かれていて、幅広い分野を学べるスタイルが魅力的だったんです。


ただ、最終的にはいろいろ比較してオーストラリアを選びました。安全面の安心感があったこと、メルボルンが住みやすい街として知られていたこと、そして何より多様性が高い環境だったことが大きかったです。特に「いろんな国の友だちが欲しい」という気持ちが海外大学を選ぶ大きな動機だったので、留学生比率が高くて多様性があるメルボルン大学の環境はとても合っていました。イングリッシュキャンプで感じた「世界にいるおもしろい人たちともっと出会いたい」という思いを、大学生活で丸ごと実現したかったんです。


実際にその思いは叶いましたか?

叶いました。本当にいろんな国の友達ができて、その友だちの国に遊びに行ったりもして。学生時代に18カ国を旅した理由の多くはそこにあります。特に印象に残っているのは中国で、人がおもしろくてご飯も最高でした。なかなか出会えない人たちに出会える国だなと感じています。


海外大学を出て、そのまま海外で働く道もあったと思います。日本に戻ろうと思った理由は何だったのでしょうか。

よく聞かれるんですが、私が海外に行った目的は、海外での生活経験を積むことと、いろんな国の友達をつくること。それは十分達成できたので。改めて海外に住んでみて、自分は本当に日本が好きだと実感しました。マイノリティとして生きることのストレスもあったし、やっぱり日本のご飯が一番おいしくて(笑)。海外で学んだことを日本に持ち帰って活かしたいという思いが強くなりました。


これからやっていきたいことはありますか?

自分自身が探究教育を通じていろんな可能性を開いてもらったという実感があるので、将来的には日本の教育の選択肢を広げる仕事がしたいと思っています。日本にはまだ教育格差があると言われていますが、誰もが自分に合った教育を自由に選べる社会になったらいいなと。まだアイデアベースですが、そこに向けて何かできることをやっていきたいです。


海外の大学での生活や、日本での就活などを経た今、改めてふり返ってみて、中高時代に英語の勉強をがんばって、この道を選んできたことは良かったなと思うことを教えてください。

やっぱり、今のうちにしかできない経験ができたことが大きいです。海外で生活したこと、海外に友達ができたこと、多様な価値観に直接触れられたこと。それは今の自分の考え方や価値観をつくるうえで、本当に大きかったと思います。


今の仕事にそのまま直結しているかというと、そう単純ではないかもしれません。でも、考え方や自分の価値観は全然違うものになった気がするので、原体験が今の自分をつくる上ですごく重要だったなと思ってます。


採用
情報